水漏れの場合、水が落ちるでは、逆に。

どうでもいいことなんですが、落選するや落ちる、という言葉の他に、
漏れるという言葉があります。
意味合い的には規定の範囲から外れるということには間違いないのですが、
なんだか落ちるより漏れるの方が個人的に緩い気がします。
とはいえ、水漏れの場合、水が落ちるでは、
逆にこっちのほうが緩い気もします。
言葉の意味合いって、国どころか地方、
もっと言えば個人でさえ違う場合があります。
Aさんにとっては、たいしたことでないのにBとしてはとても傷つく言葉だったり。
選挙の際の言葉って、ライターがいますけど発する人のエートスもあるので、
さらに複雑になるでしょうね。
ほんと言葉ってなんなのやら。

古くからある営業リストは情報規制ではないように。

よく選挙期間になるとプロパガンダと聞きますが、
具体的になにがプロパガンダであるかの線引きって
曖昧だと私は思うのです。
例えるなら、古くからある営業リストは情報規制ではないように。
広告業は以前は悪だとされていて、
なぜかというとまさに民衆操作に類するからであって、
しかし昨今は明確な嘘でない限りの広告は、通常的な業種、
むしろ憧れる業種のひとつとなっています。
普通の人たちの取捨選択の理解が深まったと言えるかもしれませんが、
私としてはまるで人類のIQが飛躍したような感覚は
おかしい気もするのです。
選挙に広告は必須ですが、
少し斜に見て見るのも必要かもしれませんよ。

公約を読むと思考の台所で水漏れが起こったような。

日本の比例区選挙もそろそろですが、
選挙になるといろいろな人がいるんだなぁ、と変に感心します。
誰それとは言いませんが、こんなので当選する気なのか?
と思ってしまう公約や意見があって、
もしかしたら、何かしらの利害で当選・不当選関係なく出ることに
意義があるのでは、と邪推せざるを得ない人がいます。
こういう人の公約を読むと思考の台所で水漏れが起こったような、
不気味な感覚に襲われます。
万が一にもこの人が当選したら、
一体どうなるのか?そもそも一体どう育ったんだ?
自分で考える力はあるのか?など???で頭が一杯になります。
日本でもこれなんですから、
フリーダムアメリカがわかる訳がないのかも。